2017年05月03日

教会がカルト化するとき 聖書による識別力を養うPart1

【良いものと悪いものを見分け危険を自分で判断するために】

 30代の主婦から相談の電話がかかって来ました。最近、ご主人がカルト教団とかかわるようになり、別人のように人格が変わってしまったというのです。普通のサラリーマン生活を営みながら、朝と夜の集会参加や、「奉仕」に全精力を注ぎ始めたために、睡眠時間が3時間も取れなくなってしまったそうです。
 心配した奥さんが「ほどほどにした方が良いのではないか」と注意したところ、「離婚してほしい」と言われてしまい、ご主人が家に帰らなくなり、しかも、奥さんと2人の子どもの生活費を全く入れなくなった、というのです。
 胸の痛みを覚えながら、ご主人の関わっているグループの詳細について尋ねると、なんと、十字架を掲げたキリスト教会だと言われたのです。「神の預言者」と自称する牧師がいて、聖書から教えを説いているそうです。また、その牧師が人のために祈ると、その人が倒れたり、病気が治ったりするそうですが、日ごろ様々な悩みを持っていたご主人がインターネットでその教会の存在を知り、救いを求めて教会を訪ねると、こう言われたとのことです。「あなたは自分の意志でここに来たのではありません。神の聖霊によって導かれました。ですから、この教会にとどまっている限り、あなたは安全ですが、ここから離れたら滅びてしまうのです」
 更に、驚いたことに、その日のうちに洗礼を授けられたそうです。「神の預言者」の話には並々ならぬ説得力があったのでしょう。しかし、1人のサラリーマンがいとも簡単に説得されて、家族を捨てるほどの熱心な信者になるとは、「悲劇」と言うほかありません。
 また最近、「牧師から暴力を受けた」というクリスチャンからの報告が多数、著者のところに寄せられています。
 このような悲劇の根本的な原因は、現代人の識別力の乏しさにあります。カルトの巧妙なテクニックを見破ることができないのです。
 使徒パウロは、ピリピの町で信仰を持った、若いクリスチャンたちのために、こう祈っています。「あなたがたの愛が真の知識とあらゆる識別力によって、いよいよ豊かになり、あなたがたが、真にすぐれたものを見分けることができるようになりますように」(ピリピ1章9〜10節)。
 「識別力」とは、何が良いか悪いか、正しいか正しくないかを見分ける力です。この識別力は神からの知恵であり、求める者に賜物として与えられます。また、様々な人生体験、また聖書研究によって養われていくものですが(ヘブル書5章14節参照)、識別力のある人間は、人の話を鵜呑みにせず、注意深く考えたうえで、自分で判断を下します。たとえ、相手が「神の預言者」、あるいは「牧師」の権威を主張しても、です。
 今年5月、いのちのことば社より『「信仰」という名の虐待』という本が出されて、キリスト教会の中で傷つけられた方々の実態と、問題の原因となっている教会の体質が検証されましたが、本連載の目的は、問題を未然に防ぐために必要な「良い物と悪い物を見分ける感覚」(ヘブル書5章14節)を養い育てることにあります。それによって容易に、カルト教団の巧妙なマインド・コントロールの手法を見破ることができるようになると信じます。また、カルト化してしまった教会の中で傷つけられた人々の、心の癒しに役立つのではないかと考えます。
 更に、本連載の警鐘を通して、カルト的手法を用いることをやめて、聖書の原点に立ち返る教会が一つでもあれば、これ以上の喜びはありません。(真理のみことば伝道協会代表 ウィリアム・ウッド)
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出典:クリスチャン新聞 2002年9月8日号


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posted by CVSA事務局 at 12:32| Comment(0) | 教会問題
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